暫くブログも止まっていましたが、そこには理由がありました。
年末から体の異変に気が付き、年明けになって医者に赴き詳細の検査を受けることになり、その後ロサンゼルス旅行に出かけて帰国後に検査結果を受取ったのが3月上旬でした。結論が、子宮体癌でした。そこから3月中、検査を繰り返し術式が決まり、4月に上旬と下旬2回にわたって入院して手術を受けました。 私はこの経験を通して何を受け止め、気づきを与えられることになるのか?と眺めながら5月を迎えました。

自分の内側の異変に早期に気づく鋭敏な感覚を養える
似合う色を着続けていると、そうでない人との剥離は計り知れない…というか、違和感を感じないで似合わない色を着られる感覚がもうわからないくらいなので、その人たちがどのくらい感度が鈍っているのかは想像がつきません。 逆に着続けてきた私の効能なのか、体の異変については鈍くないだろう自分を認知していました。
同時に、癌という言葉を聞いても、動揺しない自分、不安に揺らがない自分を感じていました。 それは似合う色を着続けて、還暦から「御魂紡ぎ」というご神事に自動的に導かれ5年の月日が流れていたので、ここで私が納得できない状態になるわけがないと確信に似た感覚がありました。

そうはいっても現実的な状況把握をしないと先に進む判断はできないので、さっさ実態を把握しようと婦人科へ赴きました。検査を受けて、やはり異変があり、大学病院での検査を勧められたのも予定通りだと思っていました。なぜなら、50代でずっと子宮頸癌疑いである、異形成を繰り返していたからです。どうも子宮界隈に穢れがある… つまり邪気が漂っている状況を眺めてきた10年の月日がありました。 ちょうど還暦あたりで問題なしの状態を迎えていたので、一つのサイクルを抜けたのか?とも思っていました。
異変に気付けるアンテナは、大難も小難に変えてくれる
今回、癌と宣告されたにしても、珍しいと思うのが「ゼロステージ」という結論でしたが、これが把握できるまでに1か月半の時間が掛かりました。
それは、細胞診からは腺癌が見つかっているもののMRIで撮影した画像には全く癌が映っておらず、医師も戸惑い急遽カンファレンスに掛けるという事態もだったからです。先生1人では判断しかねる状況だったのです。
私は、これ自体が面白いと思っていましたし、重篤ではないことを知らせてくれているとも思いましたが、手術を免れることにもならないだろうと覚悟もしていました。むしろ問題を抱え続けての子宮の温存はリスクを抱え続けることと変わらない。

臓器を取るという事実は、決して穏やかな話ではなく、体内の一部を失うことへの侘しさはどこの臓器であれ誰しも感じる抵抗感です。ではありますが、その事態にどこに焦点を当てて眺めるか… で決断軸は変わってきます。本当の健全とは何か? それを自分軸から眺めてみる。
言い換えるなら、似合う色を何を目的として着ていくか…というのと同じだと思います。
● 自分を美しく見せたい
● 自分らしい波動で自分を整えたい
● 自分の波動で自分軸を養いたい
● 自分の魂の計画に忠実でありたい
似合う色を着る意味にも、このような焦点の当て方が様々あります。これらが体得できているなら、起きた事象への観察視点も変わり、解釈も違ってきます。私は、自分の魂の計画を遂行するために、今回の手術はしておいた方がいいと上のチームが判断したと思っていたからこそ、抵抗する気も起きなかったのです。きっと、一番打撃が少ない段階での問題提起であると確信していました。
普段知らない「手術に関するやり方」と、術後に起きる回復への症状から思ったこと
肉体は忠実、自分が気が付いていない実態を暴き出しているのも事実でしょう。このまま抱え込んで死ぬまで走るにはちと無理があると判断した天界チームが、一回ここで肉体に抱え込んだ邪気をクリーンナップする判断をしたのなら、それに従うまでのこと。それで私の命を使う時間が保たれる。そんな気持ちで手術に臨み、手術台の上で麻酔が効いて意識が遠のく瞬間まで、子宮と卵巣、卵管にお礼と感謝の言葉を唱えてお別れをしました。

さて、話は遡りますが、今回の手術のやり方を医師から説明されたときに、面白いと思った内容がこれです。
・内視鏡で下腹部に3か所穴をあけてメスを差し込む。
・腹腔鏡をお臍から差し込み幹部を観察する。
それはまあわかるのですが、腸などほかの臓器を傷つけないために体内に空気をパンパンに入れて膨らまし、頭部を下げて腸を胸の方に寄せて空間を作るようにしてやるという説明に、妙になるほどね!と感心しました。
患部をきちんと処理するために他へのリスクを減らしてできる環境を整える…というのは当たり前にも聞こえますが、プロしか知らない「やり方」の世界の話です。服を着るにしても、本人に適合する色を引き立てるためにメインカラーに寄り添うアソートカラーとベースカラーを調整するのと同じような話です。プロにはプロの患者にはあまり知られていない、が、常識的な段取りや手配がある。どこの世界も同じです。
この処置をしたことで、術後体は元に戻ろうとするので、体内にたまったガスを排出すべく、活発におならを出すわけです。ガスが排出されないと、腸の活動が回復されず、胃も押されて苦しい状態が続きます。

普通に食欲が湧くこと、おならが出ることなどがありがたいことなのだと、改めて肉体の調整力に驚かされつつ、感謝の意が湧きました。また、当たり前に出るおならも結構腹圧をかけられないと出ないものなのだと体感し、腹圧をかけられることでかなりのスムーズな動きができていることも再確認しました。
普段、股関節の痛みに苦しめられ、当たり前に歩ける人を羨む自分がいましたが、腹圧を使えないことで更に動きづらいことを確認し、カバーして頑張ってくれている他の体の部位にも感謝しようと思った次第です。 命の残り時間を見つめた瞬間から、肉体の補う部位の働きへの感謝まで、この手術で採火カウ人したことはたくさんありました。 何一つ無駄はないとよく言いますが、まさに…と思える自分が少し愛おしいです。
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